kusuari7777 diary

ありすの学問「 あり学」へようこそ ✨著書 「捧げたかった…。-twin soul fantasy- 」by リラン✨

🌺つい楽しいを優先してしまう🌺

私がテニススクールに通っていた頃の話。ある日私はレッスン中に右肩を脱臼してしまった。ギクッとなって全く肩が動かなくなったのでそれが脱臼なのだと思った。その時の私が真っ先に思い浮かんだことと言えば…同時期にしていたバドミントンのサークル仲間の話で「よく脱臼するんで自分で治せるんですほらっ!!」と言って私の目の前で脱臼を治したこと。だから脱臼しているんだけれど私はとても冷静で誰にも気づかれないようにコートからはけた。「どうしよう…」と考えた。私が脱臼したことを知らせればその場は大騒ぎになるのはわかりきったこと。そしてみんなのレッスン時間を奪うことにもなるかもしれない。そして私は病院へ行くことがとてもめんどくさいなと心の底から思った。そして何よりも私のテニスのレッスン時間が台無しになるのが私はイヤだった。一瞬にしてそれらを思った私はバドミントン仲間の脱臼の治し方を頭に思い浮かべて「治せるはず」と挑戦する決心をした。成功する保証はないから勇気がいる決断をして緊張していたと思う。それでもその時の私は早く脱臼を治して今すぐレッスンに戻りたいという気持ちが勝ってしまっていた。私は呼吸を整えて右肩を後ろから前へ体全身に反動をつけて勢いよく回すように動かしてみた。絶対に一回で決めなければいけないような気がしてとても大胆に反動をつけたと思う。その甲斐あって一瞬にして成功したことを体感した。だから私はすぐにレッスンに戻ることができてなんだかとっても嬉しかった。因みにしばらくしてもう一回脱臼してしまったけれど2回目はそれほど緊張もせずに治せた。あの頃の私は楽しいことをする意味を十分に体感できていたんだと思う。

🌺国の在り方と国民の思想🌺

世界には自由が当たり前の国がある。でもその真逆の国もある。その国のことを教えてあげれば想像できる人もいる。でも中には教えてあげなくても分かってしまう人だっている。そしてもちろん教えてあげても理解できない人だっている。みんなそれぞれ多次元で生きているから自分の世界のことだけがその人間のすべての真実になる。まるでそれぞれの人間のその真実の中でそれに見合った思想が生き続けることとなる世界に幽閉されているようだ。何かのきっかけで新しい真実に目覚めるまでその状態の現実は夢の中に閉じ込められたかのように続いていく。何者にも物質にも事柄にもコントロールされていない状態の魂は自由に想像するだけではなく自由のままに創造することができる。地球規模で考えるとそれがどんなに大切なことだか分かっている方がいい。惑星地球はリーダーの人数がやたらと多すぎるけれど覚醒した人が増え続けるとそもそもリーダーが必要なくなる。みんなそれぞれにリーダーの素質が芽生えてしまえば滞りなく何もかもがうまくいくのが「当たり前だから」ということを踏まえると今の惑星地球の国のリーダーとか地域のリーダーとか各業界のリーダー等々の影響力が割と大きい殆どのリーダーたちは私利私欲や保身を前提にリーダーをしているからあの有様なんだと思う。真実のリーダーはいつも地球全体のことを考えて行動できるのが当たり前な人に決まっている。そんな真実のリーダーが惑星地球に点々と出現した世界になる日が早く訪れてほしいなと私はワクワクしながら思っている。そうなれば見る見るうちにきれいな水やきれいな空気やきれいな海や汚染されていない食べ物やケムトレイルのない空や…で断然今よりも安心安全の美しすぎる惑星地球に変身してしまうに決まっている。私はそんな美しい惑星地球をこの目で見るためにこの惑星に生まれたんだと絶対に思う。

🌺夢の中にいる人たちへ向かう意識🌺

ある朝目覚める瞬間に「私の星は緑の星!!」と心の中で叫んで閉じた視界いっぱいに緑色に美しく燃えているような光っているような星を宇宙から眺めている映像が映って消えた。「何何何??!!!」って思ったけれど直ぐに夢の中の映像を思い出した。その夢は私と私の左隣にいるパートナーが森の木陰から見渡す限りの小高い緑輝くとても美しい丘を眺めている。花畑とか蝶とか小鳥とかがいるようなとにかく美しく輝く緑の丘が印象的な夢で私たちは寄り添ってそれを眺めている。私の容姿はとても民族的な野生美で自然と共に暮らしている感じだった。その星の地表の緑が保たれている理由は少しも地上の自然を破壊していないためで私たちは地中で暮らしていた。けれども地中なのに太陽があるみたいに明るかった。そんな感じの夢の情報を覚えていた。私にはその夢がとても興味深く「私が思い描いていた地球の感じ」だと思った。ある時期私はあまりにも人間の生活環境が便利になってきたので「もうこれ以上便利にならなくてもいいのに…」って本気で思っていた。その理由は私の生きるテンポが人よりゆっくりなのでなんだかこれ以上便利になっても私は使いこなすことが面倒だと感じたのかもしれない。そして便利になったこの環境の人間の犠牲になっている全てのものの規模を考えると色々なことが頭に浮かび嫌になっていたのかもしれない。だから理想の地球のイメージを考えて一人で楽しんでいたんだ。そしてこれ以上自然を破壊しないように人間は地中に住めばいいと思っていたし反射板みたいな物をどーにかこーにかして太陽の光を地中まで届けられるシステムがあればいいのにって思っていた。そして気候はどこも温暖でお天気はいつも穏やかで慈雨しか降らないかもしくは降らないのが理想で水源は泉や湿原や小川がいたるところにあって山はなく丘しかないなだらかな土地だったらいいのになって思っていた。だからあの日の夢は私の理想の地球が夢に反映されたのかもしれないと私は思った。それからしばらく経って思いがけず私は「プレアデス星のイメージ」という情報を読んでびっくりしたりワクワクしたりして嬉しがった。その情報とは「プレアデス星は緑色の星で地表は緑豊かななだらかな地形で天然のクリスタルの塊が点々とむき出しになっているとても波動が高い星」との内容だった。偶然はないと思って生きている私はすぐに当たり前に「私はプレアデス星人なんだ」と思ってしまった。だから自分の星があまりにも素敵だった記憶があるからその記憶を元に理想の地球のイメージを創り上げていたに違いないと思ったんだ。必然は重なるものでその後たまたま撮った木の写真が何かに見えるけれど何に見えるのか分からないのか思い出せないのかが分からないという不思議な思いに駆られた。そしてしまたばらくして分かったことはその木の写真の陰影の配置がプレアデス星団そっくりだったということ。そんなこともありある時期私には「プレアデス」が押し寄せていた。だから絶対にプレアデス星に生きたことがあるって思っているので何かのきっかけで全部思い出す日が来るんじゃないかって思っているからそうなることがささやかな楽しみ。因みに魂は輪廻転生で色々なところに生まれ続けているからプレアデス人の他にもレムリア人やホピ族やアボリジニイヌイットエジプト人や…みたいにキリがなくシンクロが続いていているからいつか私の魂が今よりももっともっと進化して宇宙図書館に行ける日が来たのならば全部わかってスッキリするのになって思うからとにかく今は魂を進化させるしかないんだと思う。私の魂の進化の真実がわかる日が来るために今を生きている。

🌺目覚めていないときに遭遇した奇妙な装置🌺

私がまだスピリチュアルに目覚めていないとき健康に自信がなかった。友達にも「大丈夫?」って言われていた時期があったりした。ある日何気に思い出したテレビで取り上げられていた商店街の駅に途中下車してみた。目的は魚屋さん。でも魚屋さんの隣の漢方薬のお店が気になってしまったのでふらっと入ってしまった。だからそれからカウンセリングを受けて処方してもらった漢方薬を何クールか飲んでいた。そしてある日担当の薬剤師さんから「今度全身を超音波で検査してみますか?」って言われた。費用は無料で時間は15分ほどと言う。検査はただヘッドホンを耳に当てるだけだと言われた私はあまりにも簡単な検査で全身を調べられるってなんなんだか分からず狐につままれたという言葉が浮かぶくらいに変な気持ちになった。だって今まで私がしてきた大きな病院での検査は時間とお金がとてもかかってとても疲れ果てたから。そして当日私は椅子に座りヘッドホンをつけ薬剤師さんは25㎝×20㎝×7㎝くらいの本当に小さな機械を操作していた。15分が過ぎるとすぐに検査結果が出てコピー用紙一面に弾き出されたデータを一つ一つ私に説明してくれた。どんな身体の機能かはもう忘れてしまったけれどもどこかの機能が少しだけ弱まっていたみたいで彼女は「今から治しますね」とか言って私は再びヘッドホンをつけた。数分間彼女はまたその機械を操作して「はいこれで大丈夫です100%になりました」と言って私のその少し弱った機能を100%にしてくれたらしい。本当に今でも時々思い出すくらいに不思議な体験だった。それから私は漢方薬が効いたのか心身ともに健康になっていったのでその検査を最後にその漢方薬店にはいかなくてもよくなった。今では風邪さえもひかず病院に行くこともなくなってしまい最近行った医院は5年半ぶりに行った歯医者さんくらい。あまりにも行っていなかったので検診ぐらいはしといた方がいいかなと思って行ったものの虫歯もなく歯茎も健康とのこと。よく甘いものを食べたのに「ついうたた寝してしまって…」が頻繁だったから少し覚悟はしていたのに先生に「虫歯にならない人かも」と言われてしまった。そーいえば私の父方の祖父は私が知る限り歯を磨いたことがない(家に祖父の歯ブラシがなかったから)のに虫歯にも歯槽膿漏にもならずに他界するまで歯並びも良い立派な歯を保っていたなと思い出した。そして話を戻すけどあの時の私にとっては未知の装置だったあの機械は検査と治療がいっぺんに出来る夢みたいな医療機器だったけれど一般的ではなかった。知人にそのことを話してみても全然ピンとこない様子だったし話している私だって一体あれはなんだったんだろう?と思っていたし今でも謎。でも最近になって200年くらい前に発明された夢のような「メドベット」という医療機器が量産されるみたいでワクワクするニュースもあるから謎が謎じゃ無くなる時代に突入しているのかも。5年位前に調べ物のついでに突然飛び込んできた情報とメドベットが私の記憶の中で点と点が線になった感じ。その発明家は医療関係等を取り仕切るの闇の勢力によって消されてしまったからその発明が普及することはなく今の医療で世界の富を荒稼ぎできている時代が続いてきたけれどもう隠蔽できる時代じゃないみたい。だから人類の進化のためになる発明が全部明るみに出てくるご機嫌でワクワクできる時代にシフトしているからこれからが楽しみ。いずれ医療が全てエネルギー治療になると病院も薬もいらないからお金がかからない夢のような仕組みの社会をこの目で見られる。人類一人一人が覚醒してしまえば自分の手のひらでも簡単に治療ができることに気付けるのにっていつも思う。この世の中の全部がエネルギーで存在しているからエネルギーで本当は何でもできるんだって理解できればブロックが外れてみるみる自分の変化と力を体験できる。例えば「私は健康そのものです」って言うだけでもエネルギーが発生してそのようになるから「疑うと言うブロック」さえ解除していればそのエネルギーが有効になる。だからとても簡単な健康のなり方は自分のエネルギーの扱い方を理解するだけで医療機器に頼らなくても大丈夫なことに気づくだけでそのことを知っていてそれを実践するだけ。

🌺あの日から変化し続けた人類の宗教🌺

始まりの日に立ち会った人ならわかるのだと思う。始まりの日に立ち会った人は終わりの日にも立ち会うという。そしてまた新しい始まりの世界で生き続けるという。闇の考えを織り込んだ宗教に夢中になりやすい人類のことを闇は上手にコントロールしてきた。エゴが強くある人類たちは闇のコントロールに気づきにくく自分の弱さや恐れのせいで闇の思うままに利用され続けてしまいがち。人類にもしも弱さや恐れがなくなったとしたら誰も今ある宗教なんかやらないしやる必要を感じないはず。だって弱くもないし怖くもなかったら誰かに何かに助けてもらおうなんて思わないし考えないし全部自分のことは自分でしてしまえる世界なら宗教そのものが存在できていないのではないかと思う。宗教にすがるってなんだろう。自分を信じられないから宗教を信じて安心してみると精神的にも物理的にも自由がなくなってしまうはずなのに。だって宗教って何かとやることが多くて忙しそうだしお金もかかりそう。宗教にすがるよりも自分自身の心身を鍛えることを選んで試しに自分の忍耐力にすがっていれば自由でいられて宗教に費やす時間もお金もいらない。自分を信じてあげられないから自由じゃなくなったりお金がかかったり忙しくなっちゃったりするんだろう。一回すがると中毒のようにずっとすがり続けてしまうように見える。無宗教者であったとしても日本人だったら神社仏閣に夢中になったり占いやスピリチュアルグッズに頼ったり色々と宗教めいたことを体験できる。その類いのことは世界中にありふれているけれど誰がのめり込んでみてもそれはただの経験でそれ以上のものを与えてはくれない。そして誰かに何かに頼っているうちは何の核心にも触れられないし精神が辿り着かなければならない所へたどり着けない。無意識に無意識なことをしているだけで心の空洞が広がってしまうからただ夢中になっていることに夢中になる経験をして安心しているだけなのではないかと思う。でもその時間の経過の中で勇気を試される経験を差し出されたのなら逃げずに受け取るのがいいに決まっている。少しの変化を大きな変化に変えるキッカケは心の中をえぐられるけれど過ぎ去ってみればありがたかったと思うことばかりのはず。もしもこの世界の様々な宗教が真実なのであればそれをすることによって精神的にどんどん強さが増していき独立したがるのではないかと私は思う。けれども私には集団でいる安心感に支配されてしまっているように見えて宗教をしていて精神的に強くなってその宗教を卒業できる人がどのくらいいるのかが疑問。そして多くの宗教家たちはそんな素晴らしい信者の成長は望んでいないと感じるし信者が増え続けているのであろう現状を観照している私は多くの宗教は真実ではないと思う。宗教家たちはたくさんの人々にいつまでも弱さと恐れを持ったまますがり続けてもらった方が富が確保できて都合がいいし夢中でいてくれることによって自分の立場を永続的なものにできると言うことをちゃんと知っている。因みにこの教祖/宗教と信者の関係は宗教に限らず社会の至る所で見られる人間模様だと私は思う。真実の宗教とは師は惜しみなく与え求める者は教えられたことを実践し続けいずれ独り立ちできる精神性まで達した時に共に喜び合い師の元を立ち去れることをも共に喜び合いお互いがそのことを望んでいた状態において成立するのだと私は思う。何事にも何者にも依存しないほうがいいし依存させないほうがいいのだと思うから。因みに私が思う光と闇の違いは闇の宗教には様々な儀式がありグッズがあるけれど光の信仰には儀式もグッズも必要なくエネルギーの扱いだけというところ。世の中の宗教は光と闇とが混ざり合ったものが一般的に言う宗教になってしまっているけれど本当だったら光100%が望ましいに決まっている。光と見せかけて実は闇の手法で闇は何世紀にもわたり宗教を利用し人類をコントロールしてきているから数えきれない宗教以外のそれらも光に見えてしまうことが今現在の人類の当たり前になっていて実際にそう目に映っているから疑うこともなく普通のこととして信じてしまう。ガイアがアセンションを果たしてまだ目覚めていない多くの人類が目覚めた時いままで当たり前だと思っていたこの世界の真実を人類は目撃することとなる。

🌺丁度いい世界が完璧な世界🌺

だいぶ前のこと…知人のYさんから「こーゆー仕事があるんだけどやらない?」って言われこーこーしかじかと丁寧に説明してもらった。その話ぶりからどうしても直ぐにでも働いてくれる人を探している様子だったから「私は無理だけどAさんがつい最近職を失って困っていたよ」と伝えた。私はなんというタイミングだろうととても嬉しがった。だってその職種はAさんがしていた職種だったから。その知人は「えっAさん!!」とAさんがその職種だったことにびっくりした様子だったけれど引き受けてくれる期待が大きくなってホッとしていた。そして私はそのYさんの苦手なAさんにその旨を話してくれるように頼まれたけれどお断りした。だって自分でAさんに話をするのが一番話が早いから。それでもならばそうしたくないYさんは困っていたけれど私は「Aさんは個人的に話すとみんなが苦手とするAさんのイメージじゃないから大丈夫だよ」「Aさんは立場上そー振る舞っちゃうけど本当のAさんは違うよ」「絶対直ぐに働いてくれるしその話喜ぶよ」みたいなことを言ってYさんが話をする勇気がわくように本当のAさんのことを説明した。その甲斐あってAさんに話を持っていったYさんから「大丈夫だった」と直ぐに連絡がきてYさんも私も嬉しがった。そして直ぐAさんからも連絡があり二人で喜び合った。こーゆー宇宙の流れ的出来事は関係者全員が喜ぶことになるからたまらなく嬉しい。昔の私はお願いされたやりたくないことをお断りする勇気もなくお断りしたい意志の説明も上手に出来ずお断りしなければならない理由も思いつかずにいた。この件で私が重要視したのは「Yさんの勇気を積む経験を奪ってはいけない」だった。たとえAさんに苦手意識があったとしてもYさんは人に頼らずにAさんに話をすることがYさんのためになると思った。私がやってしまうのはとても簡単なことだけれども私がしてしまうことによってYさんの貴重な経験を奪ってしまうことになるからやらなかった。結果はみんなが喜んでいるからそれが良かったと当たり前に思える。

🌺人生のミッションをクリアした世界🌺

自分の境遇が超異常だということを歳を追うごとに理解していった私は自分の境遇を「恥ずかしいから」という理由だけで誰にも知られたくなかった。長女という立場は私のその何の役にも立たなかった訳がわからないプライドというものに拍車をかけて行って気がつけば臆病なのに負けず嫌いの意地っ張りになっていたから絶えず私は私に振り回されていた。いつも心身ともに疲れていたのはあまりにも心の中がお喋りすぎなのにそれを表に表現できずにいたからだけれどその時の私に自分を分析する余裕なんかあるわけもなかった。あまりにも意見が合わない大人に囲まれての生活は忍耐を強いられたまま心が大人になれずに体だけが大人になるという現実を私に叩きつけた。だけれどもその事実にも私は「ある日突然誰かが現れて私を救ってくれるんじゃないか?」という甘えた夢にとらわれて私の思考を振り回し続け現実逃避の日々を送っていたから散々な体験をする羽目になってしまった。もしも十代の私に夢や希望があったのならば?と思うけれどあの時の私は生きているだけで精一杯な状態で命を自分の思い通りにできるものだと当たり前に思っていたから未来を描くことすらできずにただただあてもなく続く毎日の中にいた。だけれども私は今までの生涯で7回命に関わる出来事に遭遇していたにも関わらず今こうして生き延びている事実があってそれが創り出し続けた現実に生きている。私にとって5回目の出来事は「生かされている」「この命は自分でどうにかしてはいけない」と気づきを与えられた出来事で7回目の出来事は「私は死なないんだ」「見えない力が働いている」と理解した出来事だった。でも4回目までの私は「えぇ〜 !!危なかった〜!!」っとヒヤッとしたり「ホント運が良かったんだ」と完全にたまたまだと思い込んでいて自分の思考では必然の出来事として結び付けられない精神のレベルだったことを思い出すと今は若い頃の体験を笑い話にできる私がいるから成長した私に私は満足していられる。あの頃の私は自分の命をいつでも自分の思い通りにできるって思っていたりそれを望んでいたりするのにいざ自分の命が危険を回避する出来事に遭遇するとホッとしていたから心の底では「ある日突然幸せになれるんだったら生きていたい」と裏腹なことを前提に自分の命を思い通りにすることを考えていたわけだからホント笑っちゃう。でもあの頃の私は境遇の闇に覆われて鬱っぽくなっていたんだから仕方がないって思えるしそんなあの頃の私の全てを今の私は許してあげられる。そして今の私が今だから思えることはその闇の世界から自分を救い出すミッションが私の人生の一つのテーマだったわけだから「私は成功したんだ」ってこと。あんなにも時間を費やした甲斐があっての今の私の穏やかさを「もう思う存分に味わい尽くすしかない」と思うから私はこれからの人生も断然そう生きていくことを選ぶしそうしかもう生きられない。